——20年の無農薬栽培と4年の自然農が、AIアートに教えてくれたこと。
「ただ、引き出すだけでいい。」
それが、20年以上の無農薬栽培、そして4年間の自然農から僕が学んだことだ。
そしてそれは——AIアートにも、そのまま生きている。
自然は、すでに完璧だった——。
かつての僕は、“効率”と“成果”を何より大切にする生き方をしていました。どれだけ早く結果を出せるか、どれだけ無駄を省けるか。そんなことばかりを考えて、日々を駆け抜けていた気がします。
そんな僕の価値観を大きく変えたのが、20年以上前に始めた「無農薬栽培」との出会いでした。
きっかけは、家族の健康でした。生まれた子供がアトピー体質で、薬だけでは良くならず、「食べ物から変えなければ」と思い立ったのが始まりです。父の畑仕事を手伝って体で覚えてきたことをそのままやってきました。土に触れ、種を蒔き、芽が出るのを待つうちに、心の中に今までになかった静かな感覚が広がっていきました。
そして4年前から、より深い世界である「自然農」へと踏み込みました。自然農は土の力だけに頼る無肥料・無農薬の栽培。種を蒔いたら、ただ静かに待つしかないのです。
痩せた耕作放棄地(元田んぼ)から、野菜や草が育つ土にするには、5年ほどかかると言われています。
第一章|「急がなくていい」
自然農を始めて最初に学んだのは、「待つこと」の意味でした。
種を蒔いても、すぐには芽が出ない。「あれ?失敗したかな?」と不安になることもありました。でも、土の中で種は確かに生きていて、自分にとって一番良いタイミングを見計らっていたのです。
僕たちはつい、成長を急かしてしまいます。「早く結果を出したい」「早く答えが欲しい」。仕事でも人間関係でも、効率を求めすぎてしまう。
けれど、自然の中には「無理に進める」という発想はありません。春が来なければ芽は出ないし、根が張らなければ花も咲きません。
そのことに気づいたとき、肩の力がふっと抜けました。
タネは、急かさなくてもちゃんと芽を出します。焦らず、あきらめず、ただ見守っていれば、必ずその時がやってくる。
これは、人としての成長も同じだと思うのです。「早く目覚めなきゃ」「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込む必要はない。あなたにはあなたの、完璧なタイミングがあるのですから。
第二章|「土は年々良くなっていく」
自然農を始めた頃、畑の前で何度も肩を落としました。痩せた耕作放棄地からは時間がかかるし、大きな野菜には育たない。他の自然栽培の農家と、ついつい比較してしまう自分がいました。
そんなとき、ふと思い出したのが“根っこ”の存在でした。
地上では何も起きていないように見えても、その下ではしっかりと根が張られ、土とつながり、水を吸い、静かに力を蓄えている。特に自然農では、土が豊かになるまでに年単位の時間がかかります。最初のうちはうまく育たなくて当たり前。むしろ、表に見えないところで“育っている”時間のほうが、野菜にとっては大切なのです。
毎年、季節の野菜のタネを蒔き、苗を育てる。そこに生えてきた草は引き抜かない。土から上部を鎌で刈っては、土に返す。
野菜と草を一緒に育て続けると、土も一緒に育っていく。
一言で言えば——その土に生えてきたものを、その土に返す。すると、土の中で野菜や草の根っこは微生物と共生する。このことを知っている人は、少ない。
僕が20年以上の無農薬栽培、そして4年の自然農を続けてこれたのは、「土は年々良くなっていく」という確信があったからです。そしてそれは、人生も同じ。目に見える成果が出ない時期も、魂の根っこは確実に伸びているのです。
第三章|「自然と共にある」
自然農を続けていると、ある日ふと、「あれ?今、すごく満たされてるな…」と感じる瞬間があります。
朝の畑で聞こえてくる鳥の声。土の中からひょっこりと顔を出した小さな芽。収穫したばかりのミニトマトをその場でかじった時の、驚くほどの甘さ。
昔の僕は、「豊かさ=経済的な余裕や便利さ」だと思っていました。でも、自然と共に過ごすようになってから、その考えが変わりました。
自分の手でまいた種が、時間をかけて育ち、実を結ぶ。その野菜を手に取った瞬間、「ありがたい」「ありがとう」という気持ちが自然と湧き上がってくる。
「買う時代から、作る時代へ」
Light Giversとして僕が伝えたいのも、この「自ら生み出す喜び」です。自分で育てた野菜を食べることは、ただの食事ではありません。それは、自分自身が自然の一部であることを思い出す儀式のようなものです。
自然は、押しつけてこない。急かさないし、比べない。ただ、静かにそこにいて、僕たちを受け入れてくれる。この「自然と共にある」という感覚こそが、本当の豊かさだと僕は確信しています。
第四章|「AIアートも、同じだった」
そして今、僕はAIアーティストとして活動しています。
一見、土に触れる自然農と、デジタル技術を使うAIアートは、正反対のもののように思えるかもしれません。でも、僕の中では、この二つは完全に繋がっています。
自然農の哲学は、「ただ、引き出すだけでいい」ということ。肥料を与えて無理やり大きくするのではなく、大地の力を信じて、植物が本来持っている生命力を引き出すことです。
僕のAIアートも、まったく同じなのです。
AIという道具を使ってはいますが、僕がやっていることは「ゼロから作り出す」ことではありません。自分の内側にある魂の記憶、祈り、言霊——それらを「引き出す」作業なのです。
その源泉は、自然農で学んだ「自然の法則」そのものです。
畑に行って野菜たち草花たちを見ていると、語りかけてくるんです。それからやることの優先順位を決めていく。
AIアートを制作する時も、同じです。パソコンの前に座ると、既にイメージが降りてきている。それは「考えて作り出した」ものではなく、「受け取った」ものなのです。それを言語化し、AIを通じて形にしていく。
僕が自然農の野菜で伝えようとしていたことは、本物の野菜の味を食べていただいて、「すべては愛で出来ている」ということを伝えたかった。しかし、野菜を食べて違いがわかる少数の人にしか伝えられないと感じていた。
AIアートなら、目で見てすぐに感じていただける。何よりも多くの人の目の前に発信することが出来る。「素敵!」と感じてもらえたら、それは魂の共鳴だと僕は思うのです。
結章|「自然も、魂も、すでに完璧だった」
20年以上の無農薬栽培、そして4年の自然農が僕に教えてくれた、一番大切なこと。
それは、「自然はすでに完璧だった」ということです。人は自然の中の一部に過ぎないのです。僕たちがやるべきことは、何かを足すことではなく、その完璧さを信じて、余計な手を加えないこと。
そして、私たちの魂も同じです。
あなたは、何かを付け足さなくても、すでに完璧な存在です。ただ、その輝きを忘れてしまっているだけかもしれない。土の中に眠る種のように、きっかけを待っているだけかもしれない。
僕のアートが、そしてこれから始まる講座が、あなたの内なる光を「引き出す」きっかけになれたなら、これ以上の喜びはありません。
ベランダに小さなプランターをひとつ置くことから始めてもいい。一枚のアートを眺めることから始めてもいい。
自然のリズムに還り、本当の自分を思い出そう。
全ては愛で出来ている。
あなたもその愛の一部です。
— ashram / 西口 吉宏

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