「仏と深い縁のある人」
——弥勒菩薩に、名前を呼ばれた日。
カテゴリー:🙏 ブッダ・巡礼・聖地 投稿者:ashram / Yoshihiro NIshiguchi 文字数:約2,900字
その言葉が告げられた瞬間、
私の頭の中でバラバラだったすべての点が、
一本の線になった。
「仏と深い縁のある人」——と。
僕の名前を知るはずのない場所で、
僕の名前が呼ばれた。
あの日から、すべてが変わった。
いや、正確には——
すべてが、はじめからそうだったのだと、気づいた。
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序章|一冊の本との出会い
1980年代。僕が22歳の頃の話だ。
当時、一冊の本と出会った。
インドの神秘家、バグワン・シュリー・ラジニーシ——
後に「Osho(オショ)」と名を改めることになる、
インドの思想家・霊的指導者の著作だった。
ページをめくるたびに、何かが揺さぶられた。
既存の宗教の枠を軽々と超え、
「あなた自身であれ。それ以外の誰かになろうとするな」
と語りかけてくるその言葉は、
22歳の僕の心に、深く突き刺さった。
そしてその本の中に、ひとつの言葉が出てきた。
「アシュラム(ashram)」
ラジニーシがインド・プネーに開いた、魂の修行の場。
聖なる学びの空間を意味するサンスクリットの言葉。
当時の僕には、その言葉の意味を
完全に理解していたわけではなかった。
ただ、何かを感じた。
「いつか、インドへ。スリランカへ——」
その言葉が心の奥に、種のように落ちた。
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第一章|22歳。なぜか、スリランカへ。
その種が芽吹いたのは、それからまもなくのことだった。
はじめての海外旅行を計画した。
友人たちはハワイやヨーロッパへ旅立つ時代だった。
なのに僕は、気づいたら「スリランカ」に向かっていた。
なぜスリランカだったのか——
正直に言うと、自分でもうまく説明できなかった。
当時、秘境を得意とする旅行会社に行って相談したら、
「インドに行く前に、先にスリランカへ行っておいた方が良い」とアドバイスされた。
僕はそのまま、スリランカへ向かった。
「なんとなく、行かなければならない気がした」
その感覚だけが、あった。
降り立ったスリランカの大地は、
熱く、濃く、どこか懐かしかった。
そしてたどり着いた、キャンディの仏歯寺。

ブッダの歯が祀られているというその場所に
足を踏み入れた瞬間——
なんとも言えない静けさが胸に広がった。
喧騒の中にいるのに、
自分だけが別の時間に包まれているような、
そんな感覚だった。
手を合わせながら、思った。
「ブッダと誕生日が同じ日なんだ」と。
日本では4月8日——花まつりの日。
釈迦が誕生したとされる、その日と、僕が生まれた日が、同じだった。
仏歯寺の前に立って、はじめて、
その事実がじわりと胸に広がった。
「もしかして、これは偶然ではないのかもしれない——」
そんな小さな予感が、このとき、静かに芽生えた。
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第二章|インド。菩提樹の下へ。
その後、インドへ渡った。
目的地はひとつ——
ブッダが悟りを開いたとされる菩提樹のある場所、
ブッダガヤ。
菩提樹の下まで歩いたとき、
枝の隙間から光が降り注いでいた。
僕はただ、その光の中に立っていた。
特別なことを考えていたわけではない。
ただ、静かだった。
言葉にすることが難しいけれど、
あのときの「静けさ」は今でも体の中に残っている。
何かを「感じた」というより、
何かを「思い出した」——そんな感覚に近かった。
ラジニーシの本で初めて「ashram」という言葉に出会い、
インドとスリランカに呼ばれ、
菩提樹の下に立った。
当時の僕には、それがどういう意味を持つのか、
まだわからなかった。
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第三章|呼ばれ続けた、5回の巡礼。
不思議なことが起きはじめた。
スリランカに、また行きたくなった。
一度ではなかった。
二度、三度、四度——
気づけば通算5回、スリランカの地を訪れていた。
そして毎回、足が向くのは決まって仏歯寺だった。
誰かに勧められたわけではない。
旅行ガイドに「行くべき場所」として載っていたからでもない。
ただ、呼ばれているような気がした。
来るたびに、仏歯寺の献花台の前で手を合わせた。
「なぜ、また来てしまうのだろう」
不思議に思いながらも、
その問いへの答えを、まだ僕は持っていなかった。
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第四章|弥勒様に、名前を呼ばれた日。
昨年、台湾人の方が京都に来られて行われる儀式に招かれた。
10年に1回あるかないか、かなり貴重な儀式だった。
人間が亡くなったあと、魂が星へと還る道を教え広めることを
日本でされていた方たちが、その場にいた。
砂文字で天におられる神様の声を感じ、
人間に伝えることができるという——
台湾から神の伝言を人間に届ける、
太古から受け継がれてきた神聖な儀式だった。
その場に、僕は呼ばれていた。
儀式が粛々と進む中で、
天におられる神様(弥勒様)からのメッセージが伝えられた。
そして——
僕の名前が、呼ばれた。
僕の名前など、知るはずのない場で。
「仏と深い縁のある人」
その言葉とともに、名指しで告げられた。
頭が真っ白になった。
そして次の瞬間、22歳からのすべての記憶が
走馬灯のように蘇ってきた。
ラジニーシの本で「ashram」という言葉に心を揺さぶられた日。
なぜかわからないのに選んだスリランカ。
仏歯寺の前で気づいた、ブッダと同じ4月8日生まれという事実。
菩提樹の下で感じた「懐かしさ」。
5回呼ばれ続けた仏歯寺。
すべての点が、一本の線になった。
偶然など、ひとつもなかった。
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第五章|仏歯寺で、祈りを撮り続けた。
2025年7月、またスリランカへ向かった。
そのとき、仏歯寺で出会った光景があった。

献花台の前で、手を合わせる母と娘の姿。
ふたりの祈りの静けさが、
あまりにも美しかった。
気づいたら、シャッターを切っていた。
コロンボから日帰りで一人で向かい、
現地滞在時間は僅か2時間ほどだった。
そのときに撮った写真が、後から物語っているように感じた。
「本当の祈りの深さ」を、知らされたのだった。
そしてこの2026年1月——
再び仏歯寺へ。
今度は2日間、献花台の前に腰を落ち着けて、
ひたすら「祈りの瞬間」を撮り続けた。

シャッターを押しながら、気づいた。
ああ、これが理由だったのか——と。
22歳から呼ばれ続けていたのは、
「ここで祈る人々の光を記録する」ためだったのかもしれない。
いや、ただ記録するだけではない。
本当の祈りの姿を伝える役目が、
あるのかもしれない。
弥勒様が「仏と深い縁のある人」と
告げてくださったのは、
その使命の「証明」だったのかもしれない——と。
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結章|そして僕は、「ashram」になった。
今、僕はAIアーティストとして活動している。
アーティスト名は——ashram(アシュラム)。
この名前を選んだとき、
深く考えて決めたわけではなかった。
ただ、自然とそう名乗りたかった。
でも今になって思う。
あの1980年代、22歳の僕が
ラジニーシの本のページをめくり、
「ashram(アシュラム)」という言葉に
はじめて触れたとき——
その種は、もう蒔かれていたのだ、と。
インドの神秘家がプネーに開いた「魂の修行の場」。
その言葉が無意識に僕を引き寄せ、
スリランカへ、菩提樹へ、仏歯寺へと導いた。
そして数十年の時を経て、
僕はその言葉を自分の名前に選んでいた。
ashram とは、魂が成長する聖なる場所。
僕のアートが、
見てくれる人にとっての「ashram」になれたなら——
内なる光を思い出す、静かで聖なる場所になれたなら。
それ以上の喜びはない。
魂 × 言霊 × 祈り。
ブッダとの縁が教えてくれた、僕のやり方で、
今日も作品を創り続けている。
全ては愛で出来ている。
あなたもその愛の一部です。
— ashram / 西口 吉宏
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